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サハラマラソン・2009<その1> [退院後(マラソン編)]

サハラマラソンの出場を初めて聞いたのは、3年前の2006年。

最初は、何を言っているのかさっぱりわかりませんでした。

「サハラ砂漠を走るの?自分の食糧背負って?なんで?それってマラソンなの?

もしや、姉は普通に走ることに飽和してしまい、冒険家になるつもりなのか?と真剣に悩みました。

熊が出る北海道の山の中であっても、まだ、「マラソン」であれば身の危険は少ないので、妹としてはさほど心配ではありません。

でも、冒険家になっちゃったら…南極で犬の代わりに犬ぞりを牽くとか、金剛石林山(※沖縄北部の岩山)の岩壁を素手で登るとか、そういうことをするとなると、これはかなり心配です。

母親は多分、いや絶対泣くだろうし、夫や子供が懇願しても強行するだろうから、彼女を止められるのは妹である私しかいないかも、と密かに決意を固めていました。


敵のことを知らなければ攻められぬ、と、サハラマラソンについて調べてみると、一応、マラソンの部類に入るということが理解できました。

冒険家になるわけではないことがわかり、とひとまず安心。

マラソンならばしょうがない、100kmが230kmになるだけのことか。


予期せぬ病で1年間延期になってしまいましたが、2009年3月、姉は元気にパリへと旅立って行きました。
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サハラマラソン・2009<はじめに> [退院後(マラソン編)]

2007年夏、姉はギラン・バレー症候群を発症したことにより、ひとつのことをあきらめなければなりませんでした。

それは、2008年3月に予定していた、「サハラマラソン」の出場です。

サハラマラソンとは、約230kmを7日間6ステージに分けて、食糧や寝袋など約10kgのバックパックを背負って走るレースで、2008年に間寛平が出場したことでも有名になりました。
アドベンチャーマラソンの草分け、世界で最も過酷なマラソンといわれ、毎年3月下旬~4月上旬に11日間の日程(パリ集合・解散)で北アフリカ・モロッコ南部のサハラ砂漠を走ります。

数mを歩く、顏を洗う、食事をすることすらままならない状態では、半年後にこのサハラマラソンに出場することなどできるわけがありません。

数々の困難を、気合と根性で乗り越えてきた姉とて例外ではなく、泣く泣く出場を断念しました。

「2009年大会には絶対、出場する」と言い張っていた姉ですが、担当医師も含めて周囲の人間はみな「2009年はまず無理だろう。それどころか、出場の夢が叶うことはないのではないか。」と思っていました。

しかし、医師の予想に反し、退院後約2カ月でフルマラソンを完走し、3カ月でウルトラマラソン(100km)を完走し、第24回サハラマラソン 2009年大会への出場に本当にこぎつけたのです。

結果は、無事完走。

ギラン・バレー症候群を発症してから1年半後。
2009年3月末の、姉のサハラマラソン出場のことを、これから何回かにわけて、書いていきたいと思います。
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ひとり箱根駅伝・2008<その4・完結編> [退院後(マラソン編)]

「ひとり箱根駅伝」もついに最終日。
今日は、箱根小涌園~箱根・芦ノ湖~復路を日が暮れるまで、走ります。

順調な走りで、ほどなく折り返し地点の芦ノ湖に到着。

20081231112148.jpg



「着いたぞ~!!」

やったね!

この後は復路ですが、昨日の「天下の険」も、今日は単なる山下り。
ぐんぐん距離を伸ばします。

しかし…この後、順調な走りに影を差す、思わぬ出来事が姉を待っていたのです。


元々、この「ひとり箱根駅伝」は、2009年3月末のサハラマラソン(公式HP darbaroud.com)のためのトレーニングとして企画されたのです。
サハラマラソンとは、約230kmを7日間6ステージに分けて、食糧や寝袋などを背負って走るレースです。
背負うバックパックは、約10kgの重さ。

「ひとり箱根駅伝」はサハラマラソンのためのトレーニング…姉は今回、10kgの荷物を背負って走っていたのです。


10kg…それは、大きな米袋。私が10kgの米を買う時は、車か自転車に乗っていきます。
10kgの米袋を手で、または、背負って持って帰るなんて、考えたことすらありません。
10kg…それは、私が飼っている2匹の猫の、合計体重。猫を2匹同時に抱えることは、私にはできません。


10kgのバックパックを背負って、箱根の山を走る姉。そんな姉に地元の方の温かい声援がかけられたのです。
「姉ちゃん、走ってるの!?偉いねえ…。みかん持って行きな!
優しいおじさんは、大きな大きなみかんを、たくさんくれました。

10kgにコントロールされたバックパックは、甘くて美味しそうな、大きなたくさんのみかんが入り、さらに重く大きくなりました。

がんばれ、姉!日暮れはもうすぐだ。


日没の大磯駅で、姉の「ひとり駅伝 2008」はゴールを迎えました。

疲れた身体と、10kg(+みかんkg)のバックパック、そして人々の温かい気持ち…さまざまなものを抱えて、東海道線に揺られ、実家へと向かう姉。
きっと、姉の頭の中には「早くお風呂に入って、ビール飲みたい…」という思いが去来していたことでしょう。

お疲れ様でした!
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ひとり箱根駅伝・2008<その3> [退院後(マラソン編)]

12月30日、戸塚中継所を出発して、3区~5区まで一気に走り抜けます(ひとりで)。
今日のゴールは、箱根小涌園。

3区・4区は順調に走り進んだものの…ついにやってきました、目の前に立ちはだかる高い壁。
今日の最大の難関、5区の「天下の険へ挑む山登り」


結論。「…登れなかった…」。


本人は普段から、山を走って登って下る、通称「山練」をトレーニングメニューに加えているので、山を走って登ること自体には問題ないと思われますが、いかんせん、すでに駅伝の2区間を走ってきてますから。

さすがに、その昔、出女を阻んだ天下の険。箱根を走る女も阻まれたようです。

とはいえ、ここを越えなければ箱根小涌園には着けないため、歩きと文明の利器(バス)の助けを借りてなんとか完走!


明日は復路、6区~8区です。
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ひとり箱根駅伝・2008<その2> [退院後(マラソン編)]

2008年12月29日、いよいよ「ひとり箱根駅伝」の開幕です。

スタート地点は、東京・読売新聞東京本社前。…のはずですが、交通費節約のため、定期で行ける岩本町までは電車で、岩本町~読売新聞東京本社前までは走って移動です。

注)実質のスタート地点は岩本町なのでは?というツッコミは無しでお願いします。

まずは1区。東京を脱出して鶴見中継所へ。
ここらへんのコースは「実家ラン」 - 自分の家から実家へ走って帰るトレーニング - 等でおなじみのため、難なくクリア。
道もわかっているし上り坂・下り坂も練習には適度なコースで、足取りも軽く鶴見中継所でタスキを渡します。
渡すって誰に?もちろん、自分から自分へ。

そして、花の2区。
横浜横須賀道路ガード先から始まる権太坂へ、いざ。
各校のエースが名を連ねる花の2区。数々のドラマを生み出してきたこの難所に、果たしてどのように挑むのか…
とはいえ、ひとりなので、ひたすら自分と戦うのみなのですが。

17時過ぎ、メールがきました。
「今、権太坂[exclamation]キツい!!でもあとちょっと[あせあせ(飛び散る汗)]
ううむ。やはり権太坂。各校のエースも苦戦する権太坂。
走れ!姉。

18時半過ぎ。
「戸塚到着!!長かった…明日はもっと長い…[がく~(落胆した顔)]
おぉ!お疲れ様~。
長かった権太坂を抜け、無事に戸塚でタスキを(自分に)つなげたようですね。

明日は3区へGo!
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ひとり箱根駅伝・2008<その1> [退院後(マラソン編)]

2008年も終わろうとしている寒い夜、私のもとに姉からメールが届きました。

「年末年始の休みが増えたから、『ひとり箱根駅伝』を決行します。」

は???

何?ひとりで箱根駅伝を応援しにいくの?
それとも、ひとりで箱根駅伝を鑑賞するの?

心をしずめてメールをよく読むと、どうやら年末にひとりで箱根駅伝のコースを走る企画のようです。

姉は看護師なので2~3年前までは大みそかとお正月3が日は常に勤務でしたが、今年は、たまった休日出勤の振替などで急遽年末とお正月がお休みになったとのこと。

コースは
・29日 東京・読売新聞東京本社前出発~戸塚中継所 ※実家宿泊
・30日 戸塚中継所~箱根小涌園 ※箱根小涌園付近に宿泊(宿泊場所未定)
・31日 箱根小涌園~箱根・芦ノ湖~復路を日が暮れるまで

私には1日何km走るのかよくわかりませんが、多分とっても大変なんだろうなあというのはなんとなく感じることはできました。

しかし…

休みが増えたのになぜ、ひとり箱根駅伝?
普通はレジャーとか旅行とかレジャーとか…

ある意味、旅行…といえなくはないのですが、走って実家に泊まって走ってどこか(未定)に宿泊って・・・た、楽しいの?

単純に「頑張って」というのも何かが違う気がしたので、とても返信に困ったのですが、何はともかく「気をつけて」。

今調べたら往路は108kmですね。
戸塚中継所までは何kmなんだろ?半分くらいだから50kmくらいかなあ。
ウルトラマラソンで100km走っている人なので、走れないことはないけど、3日連続はどうなんでしょう?
足がつったり筋肉痛で足が動かなくなったり、普通はそんなことになると予想されますが。

そういえばまだ麻痺も残ってると思うのですが、姉曰く「これぐらいのハンデがあってちょうどいい」らしいし。
何を基準にちょうどいいのかは不明ですがね。

とにかく「ひとり箱根駅伝」の29日に東京・読売新聞東京本社前出発(選手・ひとり)は、雨天でも曇天でも吹雪でも決行されることとなったのです。

次回につづく。
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128日目 [退院後]

退院94日目。

宣言通り、ウルトラマラソン(100km)に出場、完走です。
去年は11時間で走ったコースを、今年は14時間かかったとのことですが、発症から4か月で100kmマラソンって...

しかも、今年は暑かったらしく、気温27度・照り返しで30度といわれる厳しい環境での開催です。
セミが鳴いてたらしいよ...

麻痺はどうなったのでしょうか?
本人に聞いてみます。


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80日目 [退院後]

退院56日目。

退院後初めてのフルマラソンに参加して、なんと!完走したらしい!!
ありえないほど遅いタイムだったらしいけど、失格せずに完走。

でも、膝から下はまだ麻痺があるらしいです。
ど、どうやって走ったんでしょうか?
やっぱり呼吸筋を使ってるんでしょうか...

しかも、来月はウルトラマラソン(100km)に出る!と本人息巻いてます。


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68日目 [退院後]

退院44日目。

姉は以前からバンドでキーボードを弾いていました。
GBS発症後は上肢の麻痺のため、活動はお休みしていましたが、先日から活動再開しているようです。

本人曰く、一応弾ける...というところらしい。
5本指全部を使ってコードを押さえたり、速いソロはまだ無理、とのこと。


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46日目 [退院後]

退院22日目。

本当に仕事に復帰したらしいです。

ただし、夜勤はもうちょっと回復してからやるようです。


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